本編では触れられなかった設定①
加賀見はかつてキー局のニュースキャスターだった。
「この国の政治は腐っている!」
ニュースの時間、原稿を読みながら思わず叫んだ言葉がスタジオに響くと、ニュースを観ていたお茶の間にもその声は響いた。
ちょうど野球部の練習を終えた道本少年が帰宅したとき、祖父がリビングでこのニュースを観ていた。
憧れのホームラン王、稲尾謙司が、仙台レンジャーズの監督ではなく、政治家になろうとしていた。
それが面白くない道本少年は、この時の加賀見の、政治を批判する言葉一つひとつが胸に響いており、その時の胸の奥がざらつく感覚は、今でも記憶に鮮明に残っている。が、ニュースキャスターが誰なのかまでは認識していなかった。
「噂で聞いたのですが、加賀見先生は、かつてニュースキャスターだったのですか?」
正進党の会議室で道本が聞いたのは、単にコミュニケーションの一つであったのと同時に、もしかしたらあの時のキャスターを知っているかも知れないというかすかな期待もあった。
本編では触れられなかった設定②
ROAD②の
(正すべきもの、託されたもの)にて
「長く続いた前政権の迷走」と書かれていたのは、槌谷政権の迷走だけではない。
古賀実が第94代内閣総理大臣に就任する前、第92代、93代総理大臣として、江藤総介首相の政権が4年半続いた。
保守派にも、親中派にも支持されない政権で、経済は失政続き。噂では利権により、かなり私服を肥やしていたとも言われている。
この政治低迷の時代から、古賀首相が誕生したが、平和党のでっち上げた公選法違反が連日のように国会で追求され、政策論争は一向に進まず、止むを得ず退陣を表明するが、後任となったのが中国の犬、槌谷だった。
政治が低迷したこの約七年間は「暗黒の七年」と呼ばれている。
本編では触れられなかった設定③
槌谷の協力によって在原が首相となったことで、在原は槌谷の意見を無視できなかったわけだが、槌谷が大嫌いな道本が閣僚に名を連ねている。
絶対に槌谷が反発するだろうことを予想していた在原は、最初は道本に外務大臣の内定を発表。
予想通りに発狂しだした槌谷をなだめるように、妥協案として文部科学大臣、それが駄目なら内閣府特命担当大臣の案を提出。
それなら良いと、まんまと同意したが、在原は最初から道本にそのポストを用意していた。
本編では触れられなかった設定④
田島前総理亡きあとに行われた総裁選で競った主なメンバーは、在原、加賀見、秋山。
在原は、加賀見の闇の部分を、確証は無いまでも、肌で感じていた。加賀見が首相になれば、江藤首相の時代に逆戻りすると予測しており、加賀見首相の誕生はどんな手を使ってでも阻止せねばならないと考えていた。
予め槌谷と秘密裏の約束を交わし、在原か秋山、どちらかが決選投票に残った時は、お互い協力しようと決めていた。
本編では触れられなかった設定⑤
在原後任の総裁選では、高村は、事前に在原とも相談していた。
高村と佐藤で計算された一手のように描写されていたが、あの計算は、前日に、在原、高村、佐藤で話し合い、三人で出した結論だったが、羽生には伝えないことにしていた。
WING②飛翔編の(第二章 孤立の不安)での在原のセリフ。
「焦るな。君の言葉は国民に届いている。だが、議員たちを動かすには、何かもう一つの力が必要だ。何か……」
このもう一つとは、道本たちを指した言葉であり、道本が票を拾う作戦がどこまで上手く行くのかを頭の中で思慮を巡らせていた。
本編では触れられなかった設定⑥
古賀は、首相在任時こそ支持率が低かったが、公選法がでっちあげのデマだったことがインターネットで拡散されてからは「古賀をもう一度総理へ」との声が多く挙がり、国民から絶大な人気を誇るようになった。
古賀のたった一人の発言で、総裁選の行方を変えてしまうほどの影響力を持つ。
祖父・長沼寿文、父・古賀正臣と、史上唯一の父子三代で総理大臣を務めた首相であり、党内最大派閥をまとめ上げる立場であり、それだけでも、党内でも政界でも特別な存在感を放っていたが、この国民人気こそが、古賀が多大な影響力を持つ要因である。
選挙となると、古賀は応援演説に引っ張りだこだった。
穏やかそうな見た目と違い、ハッキリと物を言うタイプで、信用してない人物の応援演説依頼はあからさまな態度で拒否をしていた。
そのため、古賀が応援演説に駆けつける人物は、それだけで信用に足る人物だと国民が判断していた。
その積み重ねから、古賀が応援演説に来れば必ず当選するとまで言われていた。
古賀が党内で絶大な影響力を持っていたのはこれが最大の要因だろう。
本編では触れられなかった設定⑦
仙台レンジャーズのホームラン王、稲尾謙司は、平和党から参院選に立候補していた。
当時は正進党の大物議員たちの汚職事件が連日のように報道されており、政治に不満を募らせていたところ、当時の平和党代表、山本信孝から「正進党を打破し、ともに良い国にしていこう」と誘われて立候補し、当選した。
ところが、平和党の、表からは見えない汚い部分を散々観てしまった稲尾は、初当選から八年後に離党。
正進党から離党した者、稲尾含む平和党から離党した者、無所属議員の、計九名で「ひかりの党」を結成した…が、今は既に解散している。
加賀見はかつてキー局のニュースキャスターだった。
「この国の政治は腐っている!」
ニュースの時間、原稿を読みながら思わず叫んだ言葉がスタジオに響くと、ニュースを観ていたお茶の間にもその声は響いた。
ちょうど野球部の練習を終えた道本少年が帰宅したとき、祖父がリビングでこのニュースを観ていた。
憧れのホームラン王、稲尾謙司が、仙台レンジャーズの監督ではなく、政治家になろうとしていた。
それが面白くない道本少年は、この時の加賀見の、政治を批判する言葉一つひとつが胸に響いており、その時の胸の奥がざらつく感覚は、今でも記憶に鮮明に残っている。が、ニュースキャスターが誰なのかまでは認識していなかった。
「噂で聞いたのですが、加賀見先生は、かつてニュースキャスターだったのですか?」
正進党の会議室で道本が聞いたのは、単にコミュニケーションの一つであったのと同時に、もしかしたらあの時のキャスターを知っているかも知れないというかすかな期待もあった。
本編では触れられなかった設定②
ROAD②の
(正すべきもの、託されたもの)にて
「長く続いた前政権の迷走」と書かれていたのは、槌谷政権の迷走だけではない。
古賀実が第94代内閣総理大臣に就任する前、第92代、93代総理大臣として、江藤総介首相の政権が4年半続いた。
保守派にも、親中派にも支持されない政権で、経済は失政続き。噂では利権により、かなり私服を肥やしていたとも言われている。
この政治低迷の時代から、古賀首相が誕生したが、平和党のでっち上げた公選法違反が連日のように国会で追求され、政策論争は一向に進まず、止むを得ず退陣を表明するが、後任となったのが中国の犬、槌谷だった。
政治が低迷したこの約七年間は「暗黒の七年」と呼ばれている。
本編では触れられなかった設定③
槌谷の協力によって在原が首相となったことで、在原は槌谷の意見を無視できなかったわけだが、槌谷が大嫌いな道本が閣僚に名を連ねている。
絶対に槌谷が反発するだろうことを予想していた在原は、最初は道本に外務大臣の内定を発表。
予想通りに発狂しだした槌谷をなだめるように、妥協案として文部科学大臣、それが駄目なら内閣府特命担当大臣の案を提出。
それなら良いと、まんまと同意したが、在原は最初から道本にそのポストを用意していた。
本編では触れられなかった設定④
田島前総理亡きあとに行われた総裁選で競った主なメンバーは、在原、加賀見、秋山。
在原は、加賀見の闇の部分を、確証は無いまでも、肌で感じていた。加賀見が首相になれば、江藤首相の時代に逆戻りすると予測しており、加賀見首相の誕生はどんな手を使ってでも阻止せねばならないと考えていた。
予め槌谷と秘密裏の約束を交わし、在原か秋山、どちらかが決選投票に残った時は、お互い協力しようと決めていた。
本編では触れられなかった設定⑤
在原後任の総裁選では、高村は、事前に在原とも相談していた。
高村と佐藤で計算された一手のように描写されていたが、あの計算は、前日に、在原、高村、佐藤で話し合い、三人で出した結論だったが、羽生には伝えないことにしていた。
WING②飛翔編の(第二章 孤立の不安)での在原のセリフ。
「焦るな。君の言葉は国民に届いている。だが、議員たちを動かすには、何かもう一つの力が必要だ。何か……」
このもう一つとは、道本たちを指した言葉であり、道本が票を拾う作戦がどこまで上手く行くのかを頭の中で思慮を巡らせていた。
本編では触れられなかった設定⑥
古賀は、首相在任時こそ支持率が低かったが、公選法がでっちあげのデマだったことがインターネットで拡散されてからは「古賀をもう一度総理へ」との声が多く挙がり、国民から絶大な人気を誇るようになった。
古賀のたった一人の発言で、総裁選の行方を変えてしまうほどの影響力を持つ。
祖父・長沼寿文、父・古賀正臣と、史上唯一の父子三代で総理大臣を務めた首相であり、党内最大派閥をまとめ上げる立場であり、それだけでも、党内でも政界でも特別な存在感を放っていたが、この国民人気こそが、古賀が多大な影響力を持つ要因である。
選挙となると、古賀は応援演説に引っ張りだこだった。
穏やかそうな見た目と違い、ハッキリと物を言うタイプで、信用してない人物の応援演説依頼はあからさまな態度で拒否をしていた。
そのため、古賀が応援演説に駆けつける人物は、それだけで信用に足る人物だと国民が判断していた。
その積み重ねから、古賀が応援演説に来れば必ず当選するとまで言われていた。
古賀が党内で絶大な影響力を持っていたのはこれが最大の要因だろう。
本編では触れられなかった設定⑦
仙台レンジャーズのホームラン王、稲尾謙司は、平和党から参院選に立候補していた。
当時は正進党の大物議員たちの汚職事件が連日のように報道されており、政治に不満を募らせていたところ、当時の平和党代表、山本信孝から「正進党を打破し、ともに良い国にしていこう」と誘われて立候補し、当選した。
ところが、平和党の、表からは見えない汚い部分を散々観てしまった稲尾は、初当選から八年後に離党。
正進党から離党した者、稲尾含む平和党から離党した者、無所属議員の、計九名で「ひかりの党」を結成した…が、今は既に解散している。