(序章)

 静かな春の夕暮れ、霞が関の外務省庁舎の窓に差し込む陽光が、与党「正進党」衆院議員、羽生晴子の机上を照らしていた。在原内閣にて外務大臣を担う彼女は、もとより外交官として辣腕を振るった過去を持つ。当時外務副大臣を務めていた現総理、在原康雄に熱意を買われ、説得されて政界へと足を踏み入れて二十年。今や党内外の保守層から「次期総理候補」と目される存在にまで成長していた。

 だがその日、彼女の胸中には重苦しい思いが広がっていた。

(第一章 衝撃)

 中国の密輸船が尖閣諸島近海で発見され、海上保安庁が乗組員を逮捕、これに中国政府からの猛烈な抗議が寄せられた。羽生外相は毅然とした態度で記者会見に臨んだ。

「逮捕は国際法に照らしても妥当です。日本は法治国家として、断じて不正を容認いたしません」

 彼女の声は静かにして力強く、国民の多くが喝采を送った。
 しかし数日後、大使館ルートを通じ、官邸にも激しい圧力が加えられる。外務省に緊急で設けられた会議室に、中国大使が乗り込み、語気鋭く詰め寄った。

「この逮捕は中国の主権を侵害する行為だ! ただちに乗組員を釈放せよ!」

 同席した官僚たちが一瞬ひるむ中、羽生は一歩前へ出た。目を逸らさず、大使に向かってはっきりと言い放つ。

「尖閣諸島は我が国固有の領土です。違法行為を働いた者には、法に則り裁きを受けてもらいます。日本は決して、威圧や恫喝に屈しません」

 室内の空気が張り詰めた。通訳の声が静まり、誰もが息をのむ。大使は怒気を帯びたまま退出したが、羽生の毅然とした態度は、省内の職員たちの胸に深く刻まれた。

 だがその数日後、事態は一変する。在原総理が突如、乗組員の釈放を表明したのだ。

 官邸の一室で在原に面会した羽生は、抑えきれぬ怒りを声にした。

「総理、それでは国家の威信が保てません!」

 在原は沈痛な面持ちで答える。

「分かっている。しかし、党内の親中派が動いた。特に槌谷幹事長が……。彼に従う親中派議員団の圧力が予想以上だった。『経済的報復も辞さない』とまで言われ、このままでは党内が分裂しかねない。これ以上、政権を揺るがすわけにはいかんのだ」

 槌谷一央。元首相で、現正進党幹事長。親中派の重鎮で知られるこの男は、中国との経済的パイプを背景に、正進党内でも一定の勢力を誇っている。一部からは「中国の犬」とまで批判されている。

 その瞬間、羽生は政治というものの冷酷さを改めて思い知らされた。国のために尽くす信念さえも、党内の力学によって踏みにじられる現実――。彼女の胸には深い失望が広がった。

(第二章 誘いと拒絶)

 任期の満了を控えた在原は、密かに羽生を呼び出した。

「晴ちゃん、次は君の番だ。日本初の女性総理として立ってくれないか」

 羽生は静かに首を振った。

「私にはまだ早い。加賀見大臣が適任です。彼の力を借りて党をまとめるべきです」

羽生と加賀見は、政策面で協調し合う関係にあった。

経済産業大臣の加賀見芳信は、正進党最大派閥「古賀派」に属し、元首相の古賀実を後ろ盾に持つ。古賀の実績と今も衰えぬ国民人気は、加賀見の強力な武器だった。

 在原はため息をついた。

「加賀見か。だが彼には……」

在原は次の言葉を飲み込んだ。その様子に、羽生の胸中に静かな、だが不穏な風が吹いた。

(第三章 裏切りの発覚)

 ある日、信頼する秘書官から加賀見の不正取引に関する資料が渡された。建設業界との裏金工作、便宜供与の数々――。目を覆いたくなるような醜悪な事実だった。

「これが……加賀見大臣の、実態……?」

 羽生は言葉を失った。正義を掲げる者が、裏で腐敗にまみれている。その姿は、彼女が信じてきた政治の理想像を粉々に打ち砕いた。
 夜、自宅の書斎で一人書類を握りしめながら、羽生は苦悩した。

「もし私が沈黙すれば、この国は再び腐敗に沈む。だが、私にその資格があるのか……」

(第四章 決意)

 再び在原が彼女を呼んだ。窓の外には初夏の風がそよぎ、政治の季節の移ろいを告げていた。

「晴ちゃん、私はもう限界だ。だが、君ならばこの国を変えられる。君にしかない強さがある。頼む、出馬してくれ」

 羽生は長く沈黙した。
日本の力を信じて政界に踏み込み、明るい未来を信じて幾度となく希望を抱いた。腐敗や強者の圧力に直面して何度だって失望した。
だが、まだ絶望はしていない。絶望なんてしていられない。
日本の力を取り戻すため、今ここで立ち上がろう。

羽生は沈黙を破り、静かに答えた。

「総理……。分かりました。私がやります。私、日本の力を取り戻します!」

 その瞬間、彼女の胸に迷いは消えた。燃えるような決意だけが、彼女を突き動かしていた。

(第五章 決別)

 加賀見の議員会館を訪れた羽生は、静かに告げた。

「加賀見大臣。これまでお世話になりました。私は総裁選に立候補します。協力関係はここで終わりです」

 加賀見の顔が歪む。

「羽生大臣……私に盾突くというのか? 古賀派を敵に回す覚悟があると?」

 羽生は真っ直ぐに見返した。

「覚悟しています。私は、正義を貫きます」

 その瞳には、かつての外交官としての矜持と、政治家として新たに芽生えた使命感が宿っていた。

(終章)

 総裁選出馬の記者会見。羽生は壇上に立ち、堂々と宣言した。

「私、羽生晴子は、正進党総裁選に立候補いたします。スローガンは――『日本の力を取り戻す』。腐敗を断ち切り、未来を切り開くため、全力を尽くす所存です」

 拍手の波が広がる中、羽生は胸に手を当て、静かに深呼吸をした。ここから先は、熾烈な戦いになるだろう。味方も敵も、これまで以上に鮮明に分かれるに違いない。だが彼女は恐れてはいなかった。緊張と覚悟、その二つを抱きしめながら、前へ進む決意を固めていた。

 ――新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。




▽▼投稿者が考えた設定▼▽

主な登場人物
本作の主人公 羽生晴子(はにゅう はるこ) 外務大臣
元外交官で、当時は外務副大臣だった在原に熱意を買われ、議員になるよう説得されて政界入り。保守層より一定の指示を受けており、次期総理として、そして、日本初の女性総理として期待されている。
「日本の力を取り戻す」をスローガンに掲げて総裁選立候補を表明。

現総理 在原康雄(ありはら やすお) 第98代内閣総理大臣
環境政策や防衛力強化など、それなりの評価を受けてはいるが、増税や弱腰外交で不評を買うなど、賛否が分かれている。
迫る任期満了に伴い、次の正進党総裁選では羽生晴子を強く推薦している。

古賀実(こが みのる) 副総理兼財務大臣
正進党最大派閥「古賀派」会長にして、第94代内閣総理大臣。
首相在任中初期までは、国民から絶大な支持を受けていたものの、野党がでっち上げた公選法違反の容疑により退陣にまで追い込まれ、短期政権となった。
しかし、国民人気は今も衰えていない。

槌谷一央(つちや かずお) 正進党幹事長
第95代内閣総理大臣。中国の犬と化した親中左派議員。中国との経済的利益を背景に、正進党内でも一定の勢力を誇っている。


迫る総裁選での羽生のライバル達

総裁選候補者 加賀見芳信(かがみ よしのぶ) 経済産業大臣
裏金で私服を肥やす腹黒い男。羽生とは協力関係にあったが、決別を告げられる。自身は3度目の総裁選に臨む。
正進党最大派閥「古賀派」に属しており、強力なライバルとして羽生に立ちはだかる。

総裁選候補者 秋山則彦(あきやま のりひこ) 厚生労働大臣
槌谷幹事長に従う親中左派議員。槌谷の推薦を受けて、総裁選に2度目の立候補。

総裁選候補者 道本慶一郎(どうもと けいいちろう) 科学技術政策担当大臣
52歳の若手議員。一部からは極右と批判されているが、本人は否定している。


主なあらすじ。
中国の密輸船が日本の尖閣諸島付近で発見、海上保安庁によって逮捕されるが、中国が日本に対して猛抗議。乗組員の釈放を求めるも、羽生外相は「逮捕は妥当」として抗議を受け付けない強硬な姿勢を示したが、後日、在原総理が乗組員の釈放を表明した。
槌谷ら、親中派議員の圧力に在原が負けたとみられ、羽生はひどく落胆する。
迫る総裁選にて、羽生は在原から出馬を打診されるが、最初はこれを拒否。
加賀見が次期首相に相応しいと見込み、協力の意向を示すも、企業との不正取引があることを知って失望。
在原に再び強く推され、総裁選出馬を決意。加賀見に、協力関係の決別と、総裁選での対立を告げる。



AIに生成してもらった、羽生晴子のイメージ画像
nW55xBItshthp5f1760271911_1760271921.jpg


AIに生成してもらった、在原康雄のイメージ画像
70sWRJfU7Qhd2sz1760272714_1760272718.png